今年の10月に長野県小布施町にて開催された地方創生実践塾(主催:地域活性化センター)にて学んだ中で特に記しておきたいことのご報告、ふたつめです。

<危機管理 水害を受けて>
ふたつめは危機管理に関することです。小布施町は一昨年の10月、台風19号の豪雨により千曲川が氾濫し、118戸が床上・床下浸水の被害を受け、12家族・41名が避難所生活を余儀なくされました。(小布施町町報 号外はこちらから

今回の講義で町総務課長から“小布施町における防災対策~災害に強いまちを目指して”とのタイトルでお話を伺う機会を得ました。


<ボランティア受援力>
今回小布施町を訪れる前に、千曲川の霞堤から水が流入し、浸水被害が発生した長野県千曲市の現場を視察しており、霞堤に関する見解を伺いたいと考えていました。しかし、『多くのボランティアが支援に駆けつけていただきましたが、発災後3、4日間は、まったく捌ききれず、活動いただくことができなかった』とのお話への興味が勝りました。

被災地にボランティア活動に出向いた経験の中で、被災者のニーズにいかに効率的に実効性のある支援ができるかが非常に大事であると認識していたためです。明治大学大学院の危機管理の講義においても、“受援力“の重要性について学びましたが、生の声を聞ける機会は滅多にありません。

<反省を踏まえた対策>
質疑応答の時間が限られていたこともありましたが、講義修了後、災害対応としての重機オペレーターの育成現場(平時を楽しみ有事に備える“nuovoノーボ”。こちらも非常に興味深いです!ホームページはこちらから)を案内いただいている間を利用して、質問させていただきました。

私『ボランティアを捌ききれなかったとのお話について、①なぜか?、対応窓口は役場だったか社協だったか?、②その後の対策は?』

総務課長『(①について)まったく事前の対策がなされていなかった。被災したことで役場も住民もパニック状態だった。対応窓口もあいまいだった』とのご回答でした。明治・大正年代を通じて幾度となく洪水被害を受けたかの小布施町にして、そのような状態だったことはショックでした。堤防の強化や新設により、昭和年代は堤防を越える水害が起きなかったことが逆に災いしたのでしょうか。防災訓練も地震を想定してものしか行っていなかったとのご説明でした。

総務課長『(②について)対応窓口を社協に一本化した。県や国レベルでのボランティア活動の管轄が社協であることがその判断根拠のひとつ。』、『その他さまざまな体制の再整備や事前の備えの強化を行った。一例として、災害時にトレーラーハウスを配備する協定を民間企業と締結した。仮設住宅ができるまでのつなぎの位置付け』とのご説明でした。災害時協定に関しては、東京都墨田区と相互応援協定や、長野高専と防災のまちづくりに関する連携協定などもあらたに締結されていました。


特記しておきたかったことは、ボランティア活動の窓口を社協に一本化したという点です。我が町では、ボランティアの派遣、受け入れのいずれにおいても、それを取りまとめ、実際に行動に移せる体制が整えられていません。いざ、今日、大地震が起きたらパニックに陥るに相違ありません。少しでも被害を抑えるためにも事前の整備・備えが不可欠です。

#聞きます #やります #やり遂げます
先見と行動

山神 ゆたか
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